Masuk「あっ。プレゼントした、リボン付けてくれてるんだ!? すごく似合ってるよ」
ユウヤが、彼女の髪を飾る鮮やかなリボンに気づき、素直な称賛を口にすると、彼女は弾かれたように肩を震わせた。
「ひゃぃ。ありがとうございますっ……」
ニーナは裏返った声を出し、耳の付け根まで真っ赤に染めて、自身の髪飾りにそっと触れた。
ん? なんか緊張でもしている? っていうか……接客のプロで人馴れしてる受付嬢が緊張? 今のは……うん。可愛かったな。
「俺に、何か用事だった?」
ユウヤが改めて尋ねると、ニーナは仕事モードに切り替えようと何度も深呼吸を繰り返し、手元の資料を広げた。
「えっと……ですね。A~S級の依頼なのですが、山の上にある村があり、最近モンスターが多発していいまして……。村への流通が遮断された状態になって、孤立状態になっているんです」
「それは、大変だなぁ……」
ユウヤは、険しい山道と困り果てている村人たちの光景を想像して眉を寄せた。流通が止まれば食料も届かなくなる、まさに死活問題だ。
「依頼内容はモンスターの殲滅ですが、規模が分かりませんので、出来る限りの殲滅で金貨四枚ですが……五枚でいかがでしょうか?」
ニーナは、期待に胸を膨らませるように、身を乗り出して交渉を持ちかけてきた。その熱を帯びた瞳に、ユウヤは少しだけ戸惑いを感じた。
「ん? 勝手に報酬を増やしちゃ不味いんじゃ?」
「受付嬢は受付をするだけが仕事ではないのですよ。本来は、依頼の交渉も仕事ですので……この人は! という方に依頼をお勧めしたり、依頼とマッチしていないと判断をすれば不許可にできたりします。ですので、交渉のために報酬の多少の上乗せも許可されているのです」
ニーナは、自身の職務への誇りを漂わせながら、少しだけ得意げに説明を続けた。
「普段は……上乗せをいたしませんが……必要性を感じたので、独断で判断をいたしました」
「そうなんだ……今回は、良いんだ?」
「はい。緊急性も高いですし……ユウヤ様の実績もありますし。お約束しましたし……」
最後の方は、消え入るような小さな声になり、ニーナは再び頬を染めて視線を泳がせた。リボンの約束を大切に思っている彼女の心が、その控えめな仕草から伝わってくる。
「じゃあ……ニーナからの紹介だし、引き受けようかな」
ユウヤが力強く頷くと、ニーナの表情がパッと華やいだ。
「はいっ。かしこまりました。すぐに準備をいたしますね♪ こちらです……」
彼女は弾むような足取りで、カウンターの奥から正式な依頼受理の書類を取り出した。ニーナの生き生きとした動きに、ユウヤも自然と「やってやるか」という前向きな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
ニーナに導かれるまま、ギルドの喧騒を離れて奥へと進む。案内されたのは、ふかふかの絨毯が敷かれた重厚な造りの応接室だった。
「え? 勝手に入っちゃって良いの?」
一般の冒険者が立ち入ることのない静謐な空間に、ユウヤは思わず足を止めて周囲を見回した。
「はい。勝手にじゃありません。わたくしが、ご案内をいたしましたよ」
ニーナはいたずらっぽく微笑み、ユウヤのために豪奢な椅子を引いた。
「うん。でも、俺が入っちゃって良いの?」
「ギルマスにも許可されていますよ……他国の王子様ですし。前回のような問題が起きる方が困りますので」
ニーナは真剣な眼差しでそう付け加えた。かつてロビーで絡まれたような諍いが、今の地位にあるユウヤの身に起きれば、ギルドが潰れかねない。彼女なりの、精一杯の配慮と守護なのだろう。
「あぁ……成る程……」
ユウヤは苦笑いを浮かべながら、その配慮に甘えて腰を下ろした。上質な革の匂いが漂う中、ニーナが手際よく依頼書に報酬の訂正を書き込んでいく。
金貨五枚。
書き換えられた数字を確認し、ユウヤは手渡された羽ペンを走らせてサインをした。紙の上を滑るペン先の音が、静かな部屋に小さく響く。
「はい。これで受付完了ですわ」
ニーナは、受理した書類を大切そうに胸に抱き、満足そうに頷いた。彼女の瞳には、依頼の成功を願う気持ちと共に、ユウヤを送り出すことへの一抹の寂しさが滲んでいるようだった。
「依頼をお願いをしていて言うのも……おかしいですが、無理をしないでくださいね。危険と判断をされましたら、ご自分を優先して撤退してくださいね……次回もありますので」
ニーナは、祈るように両手を胸の前で組み、不安げな眼差しをユウヤに向けた。その瞳の奥には、受付嬢としての義務感を超えた、純粋な一人の女性としての案じが透けて見えている。
心から自分の身を案じてくれるその言葉に、ユウヤの胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがと。ニーナ」
ユウヤが穏やかな微笑みを浮かべながらその名を呼ぶと、彼女は「ビクッ!」と肩を震わせ、大きく目を見開いた。
「ひゃ、はいっ……!」
名前を呼ばれた衝撃で、彼女の頬は瞬く間に熟した果実のような赤みを帯び、視線が泳ぎ始める。指先をぎゅっと握りしめ、必死に動揺を抑えようとしている姿が、ユウヤの目にはなんとも微笑ましく映った。
ミリアのナイフのサイズに合わせ、魔石の形と大きさを精密に調整していく。指先で魔力を整えながらナイフの柄へと嵌め込むと、それはまるで最初からそこにあったかのように完璧に馴染んだ。(うん……なかなか格好良いじゃない?) 完成したナイフは、ただの宝石とは一線を画す、深く幻想的な輝きを放っている。見つめていると吸い込まれそうなほど純粋な蒼。それがミリアの柔らかな金髪と対比され、凛とした美しさを引き立てていた。「はい。これだけど……どうかな?」 差し出されたナイフを手に取り、ミリアは息を呑んだ。「わぁ……キレイです……スゴイですっ! こんなに澄んだ青色は見たことがありませんわ……」 彼女は宝石の輝きを瞳に映しながら、うっとりとナイフを見つめている。だが、ユウヤはそこで終わらせるつもりはなかった。「ちょっと待ってて……試したい事があるんだ~」「はい♪」 ミリアはユウヤへの全幅の信頼を込めて、花が綻ぶような笑顔で頷いた。 魔石を指先でなぞりながら、対象者に害意や殺意が向けられた瞬間に強力なバリアが発動するよう、緻密なイメージと共に魔力を流し込んだ。 よし……成功したかな。すぐにでも性能を試したいけれど、当然ながら俺がミリアに殺意を向けるなんて真似は逆立ちしたってできそうにない。そこで、気配を感じる天井付近へと視線を向けた。「あ、護衛の人……ちょっと良いかな? これを持っててくれる?」 そこにいる精鋭なら実験台には丁度いいと思ったのだが、言葉を遮るようにミリアが声を荒らげた。「ダメですっ! そのナイフは、男性の方で持って良いのはユウヤ様だけですわっ」「えぇ……実験なのに……ダメ? 試したいんだけどなぁ」「ダメですっ!」 ミリアは両手
だが、腰に下げた紋入りの剣の感触が、少しだけ心を軽くした。この王国で冒険者としての証明を得て、国を救った功績も認められている。これまでの信頼があるのだから、理不尽なことにはならないはずだ。「……今は、考えないでおこう」 ユウヤは思考を切り替え、逸る気持ちを足に乗せて家へと急いだ。ギルドでの騒動と山での激闘を終え、全身にずっしりとした疲労感が染み渡っている。何よりも今は、あの温かい場所へ帰りたかった。 玄関の扉を開け、リビングへと足を踏み入れる。 パチパチと暖炉が爆ぜる音と共に、スパイスの効いた食欲をそそる夕食の匂いが鼻腔をくすぐった。視線を上げると、そこには今か今かと待ち構えていたミリアの姿があった。「ユウヤ様……!」 目が合った瞬間、ミリアは弾かれたように椅子から立ち上がり、駆け寄ってきた。彼女はそのままの勢いでユウヤの胸に飛び込み、折れそうなほど強く抱きしめる。「もぉっ! 心配しました……酷いですっ! ギルドに行かれるとしか聞いていませんでしたよっ! しかも……伝言を、隠れて尾行をしていた隠密の方に頼むなんて……」 ミリアはユウヤの胸に顔を埋めたまま、ぎゅっとその衣類を掴んで抗議の声を上げた。 主人が急にいなくなったと思えば、姿の見えない護衛の隠密が困惑した様子で現れ、「ユウヤ様から伝言です」と告げられたのだ。その状況を思い返したのか、ミリアの肩が微かに震え始める。 彼女は顔を上げると、潤んだ瞳でユウヤを睨みつけたが、その口元は既に緩んでいた。「……ふふっ。あの方たち、気配を消して守るのが仕事なのに、あっさりと見つけられて、あろうことかお使いまで頼まれるなんて……。戻ってきたとき、すごく複雑な顔をしていましたよ?」 心配でたまらなかったはずなのに、ユウヤのあまりに規格外でマイペースな行動が、彼女の不安をおかしな笑いへと変えてしまったようだ。「…&hellip
「分かった。みんなには内緒ね!」 ユウヤが爽やかな笑顔で約束すると、ニーナは安堵したように、けれど大切そうにネックレスを胸に抱きしめた。窓から差し込む陽光が、彼女の金髪と青い魔石を宝石のようにキラキラと輝かせていた。「魔石の買い取りは、どういたしますか?」 ニーナが名残惜しそうにネックレスを指先でなぞりながら、職業的な顔に戻って尋ねた。「ん~今回は、止めておこうかな」 これだけの数の魔石を一気に市場へ流せば、価格の暴落を招くかもしれない。ユウヤはそう判断して首を振った。「そうですか……分かりました。それでは、こちらが今回の報酬の金貨五枚です。それと……ちゅ♡」 金貨を手渡すためにユウヤが手を伸ばした、その一瞬。ニーナが不意に身を乗り出し、至近距離まで顔を近づけた。頬に、柔らかく温かな感触が触れる。 え? えっと……。 ユウヤは雷に打たれたように硬直した。嬉しいけれど、ここがギルドの応接室であることを考えると、あまりにも刺激が強すぎる。「ご迷惑かもしれませんが……私に出来る、精一杯のネックレスのお礼です……」 ニーナはいたずらっぽく、それでいて潤んだ瞳でユウヤを見つめた。その表情には、受付嬢としての仮面など微塵も残っていない。「心配してくれたお礼だったのに……またお礼をされちゃったよ」「はい。本当に嬉しかったのです。あんなに素敵な、初めてのプレゼントを頂いちゃいましたから……」「え~ひどっ。あの時に、あげたリボンもプレゼントだったのに……」 ユウヤがわざとらしく、少し拗ねたような声を出す。「あ……そういう事では……すみません……ううぅ……」 『ニーナは失敗した!』と
「はい。王国の大規模な依頼で、三十人規模のパーティを組んで複数のパーティで大規模討伐を行っても、このような数字にはなりません。頑張っている冒険者パーティでも、毎日休まずに討伐を行って一年間で、二千体いかないくらいですよ。三万三千体って、いったい何をされたんですか……」 ニーナは縋るような、それでいてどこか遠いものを見るような瞳でユウヤを見つめた。彼女の持つ冒険者の常識が、音を立てて崩れ去っているのがわかる。 そう言われても……討伐をしちゃった物は仕方ないじゃん。一応……誤魔化してみるか。「えっと……じゃあ……依頼書が、おかしくなっちゃったんじゃない?」 ユウヤは頬を掻きながら、精一杯のとぼけた顔を作ってみせた。「ううぅ……そんな訳が無いじゃないですか……。そのような報告は、今までに一度もありませんよ」 ニーナは力なく肩を落とし、困ったように眉を下げた。だが、すぐにその表情を引き締め、ユウヤの無傷な姿を改めて確認するように見つめる。「問題はありませんので大丈夫です……。ただ、わたくしが心配をしてしまっただけですので。今後は、こんな無茶で危険な討伐はしないでくださいね……?」 彼女は母親が子供を諭すような、優しくも切実な響きでそう告げた。その瞳の奥には、ユウヤを誇りに思う気持ちと、二度とあのような無茶をしてほしくないという、心からの慈しみが満ちていた。「わかった、気をつけるよ」 ユウヤは苦笑いしながらも、彼女の温かな気遣いに素直に頷いた。「はーい。そんなに心配をしてもらえて嬉しかったから……ちょっと待ってて」「え? あ……はい」 立ち上がろうとしていたニーナは、言われるがままに座り直した。俺の顔をじっと見つめる彼女の瞳は、期待と不思議さが入り混じったように「
急いで帰路につくと、レベルアップによる恩恵は凄まじかった。脚力のみならず、心肺機能や動体視力までもが強化されており、飛ぶような速さで険しい山道を駆け抜ける。結局、馬車で数日かかるはずの道のりを、わずか半日で踏破して街へと戻ってこれた。 そのままギルドへ直行し、報告のために受付の列に並ぶ。すると、カウンターの奥で忙しなく動いていたニーナが、列の中にいるユウヤの姿をいち早く見つけ出した。 彼女はぱっと顔を輝かせ、丁寧にお辞儀をすると、弾むような足取りで駆け寄ってきた。「ユウヤ様、なにか問題でしょうか? 途中で引き返してこられたのですか?」 ニーナは眉をひそめ、縋るような眼差しで問いかけてきた。よほど重大なトラブルがあったのだと思い込んだのか、返事を聞く間もなくユウヤの手を引き、足早に応接室へと連れ込んだ。 重厚な扉が閉まり、二人きりになると、彼女は身を乗り出すようにしてユウヤを見つめた。「どのような問題でしょう? わたくしにできることがあれば、何でもご協力いたしますよ」 必死に力になろうとしてくれる彼女のひたむきな姿勢に、ユウヤは苦笑いを浮かべた。「ん? 問題はないよ。依頼が終わったから帰ってきたんだけど……」「へ……? は、はい? えっと……最短でも、やっと山に着いた頃だと思いますけれど……?」 ニーナは目をパチパチさせ、信じられないものを見るように首を傾げた。彼女の常識では、今この瞬間にユウヤが目の前にいること自体が、魔法か何かを見せられているような感覚なのだろう。「あはは、ちょっと急いだんだ。ほら、これ。村長のサインももらってきたよ」 ユウヤが差し出した依頼書を、ニーナは震える指先で受け取った。しかし、そこに記された数字に目を落とした瞬間、彼女の時が止まった。「……えっ? あ、あの……ユウヤ様? この……討伐数の欄……桁、間違えていらっしゃいませんか……?」 ニーナの透き通った瞳が、三万体というあり得ない数字を捉えて激しく揺れていた。 俺から手渡された依頼書を凝視したまま、ニーナは石像のように固まってしまった。まあ、書き換えも誤魔化しもきかないこの討伐数を見れば、無理もない反応だとは思うけれど。「あ、あの……何ですか、これ……。種類の数も討伐数もおかしいです。いったい……どちらへ行かれたのですか? 討伐する場所を間違えてませんか
冗談っぽくそう告げた瞬間、建物の中から「ひっ!?」という短い悲鳴が上がり、ドタバタと慌ただしい足音が響いた。……さすがに討伐したモンスターを生き返らせるなんて、俺にもできないと思うけどさ。「お、お待ちください!! 待っていただきたい!!」 勢いよくドアが開き、中から白髪混じりの髭を蓄えた、恰幅の良い老人が飛び出してきた。その後ろからは、不安げな表情を浮かべた村人たちが恐る恐る顔を覗かせている。「わ、私は、この村の村長です……。モンスターの殲滅をしていただいたそうで……感謝をいたします。……ですが、ほ、本当に、本当に殲滅をされたのですか?」 村長は、信じられないといった様子でユウヤを凝視した。村を覆っていたあの禍々しい黒い霧が晴れ、久方ぶりに差し込む暖かな陽光が彼らの肌を照らしている。それが何よりの証拠ではあるのだが、たった一人で現れた少年に、村を救うほどの力があるとは俄かには信じがたいのだろう。「ええ。とりあえず、村の周りと地下にいた群れは片付けましたよ。もう山道を通っても襲われる心配はないはずです」 ユウヤが屈託のない笑みを見せると、村人たちの間に「おお……」と地響きのような、安堵と驚愕の混じった溜息が広がっていった。 ユウヤが「これ、ギルドの依頼書です」と差し出すと、村長は震える手でそれを受け取った。そこに刻まれた信じられないような討伐数と、実際に晴れ渡った空を見比べ、彼は枯れた声を絞り出すように叫んだ。「うおぉ~~!! 助かったぞっ! 皆の衆、もう大丈夫だ!」 その声を合図に、広場には家々から村人たちが次々と溢れ出してきた。「わぁ~!!! やったぁ~! 餓死しなくて良かった……」「三ヶ月振りに、やっと町に帰れる……。ゴブリンやデカいモンスターは、もう現れないんだよな? な?」 涙ながらに抱き合う者、地面に膝をついて祈りを捧げる者。村中が爆発したような歓声に包まれる。その中で、荷物を背負った商人風の男が必死な形相でユウヤに詰め寄ってきた。「本当に、現れないんだな!?」「はい。普通の山程度には現れますけど……あの異常な群れはもういませんよ」「でも、現れるのだな? なら護衛が必要だな……頼めないか? あんた、強いんだろ?」 男は商品を売りに来たのか、はたまた届けに来たのか、運悪く封鎖に巻き込まれて三ヶ月も足止めを食らっていたらしい







